貝がら千話

モノ・ホーミーの貝がら千話

第1夜「あなたの種、売ります」

貝がら千話第1夜「あなたの種、売ります」

貝がら千話第1夜「あなたの種、売ります」


 なるほど、あなたはご自分が何者なのかわからなくて困っておられる、そういうわけですね。ええ、わかります。もちろん記憶を失って名前がわからなくなってしまったわけでも、生まれた場所やご家族のことを忘れてしまったわけでもない。
 安定した収入を得られるお勤め先もあるし、住むところもある。たくさんのご友人に囲まれて、長くお付き合いされている恋人もいらっしゃる。ご安心ください。そういった悩みを抱えていらっしゃる方はあなただけではなく、たくさんおられるのです。
 わたくし共の店を訪ねてこられるお客様は、みなさんあなたと同じように大変ご立派な方ばかりで、やはりあなたと同じように胸の内でひとり悩んでおられるのです。
 何も悲観なさることはありません。むしろ、よくぞお気付きになられました。自分が何者であるか、わからないことにさえ気付かないでいる方が多いのが実情です。
 無理もありません。驚かずに聞いてください。実際わたしたちは、何者かである必要なんてないのです。あなたは悩んでおられる、その苦しみは十分承知しております。ですが、そう思うに至った経緯を思い出してみてください。あなただけではありません。誰もがそうなのです。
 …ええ。仰ることはよくわかります。それでも何者かでなければならないと。そういう方のためにわたくし共の店は存在しているというわけなのです。

(絵と文 モノ・ホーミー/二〇一九年二月六日)