貝がら千話

モノ・ホーミーの貝がら千話

第3夜「旅の王子」

貝がら千話 第3夜「旅の王子」(二〇一九年二月八日)

貝がら千話 第3夜「旅の王子」(二〇一九年二月八日)

 とりわけ王子を失望させたのは、人間というものが皆さして違わないということだった。
 王子は幼少の頃より世界中、古今東西のあらゆる物語に親しんできたが、それらの物語によると世の中というものはどんなことが起きるか想像もつかない不可思議なもので、本当にたくさんの色々な人がいるらしいということだった。王子は、あらゆる物語に親しんできたわけだから、何も未知の出来事に、ただ旅に出るということだけでそう簡単に遭遇できると期待していたというわけではさすがになかったけれど、旅に出た暁には今まで出会うことのなかった人々との出会いがきっとあるだろう、そう夢見て旅立ちの日を心待ちにしていたのだった。
 ところが実際はそんな甘い幻想はいとも簡単に打ち破られてしまった。大抵の人はまず、王子が王子という身分を隠すため身にまとったみすぼらしい衣服を頭のてっぺんから爪先まで一瞥しただけでつまらない貧しい子どもとみなし、まったく相手にしようとしなかった。しかしひとたび王子がその姿に似つかわしくない大金を所持していることがわかると、態度を一変させてばか丁寧にうやうやしく接してきた。とはいえ、せいぜいどこかの金持ちの息子程度としか思っていない彼らは、本心から王子を敬うということは一切なく、隙あらば王子の持つ大金をどうにか横取りしようと画策していた。
 幸い王子には遠巻きに厳重な警護がついていたから命の危険にさらされるようなことはなかったが、人間というものに強い興味を抱いていた王子は、旅を終える頃にはその気持ちをすっかり失ってしまっていた。
 王子は大変きっぱりとした潔癖な性質だったから、城へ戻り、即位式を終え、最初に取り掛かった仕事は旅で出会った卑俗な人々への処罰だった。驚くべきことに、王となった王子が人々へ身分を明かし、罪の摘発をはじめると、その近縁の者から同質の罪人を摘発する声がどんどんあがりはじめた。国を思う若き王は、そのような人々を次々と罰していった。
 そうこうしているうちに、処罰の対象は城に仕える家臣、従者、下女、兵士、料理人にまで及んだ。ついにはこの国に残された善き人々は、王と、国境にひとり住んでいるらしい魔女と呼ばれる女の二人だけになってしまった。女は誰ひとりとも関わりがなかった為に、誰からも罪の摘発を受けることがなかったのだ。
 国民のいない国に城は必要ない。等しく奴隷となった元国民の罪人たちに、王は城の解体を命じた。まずは石垣の石をひとつづつ取り崩すことから作業は始まる予定である。
 王は明日、新たな旅へと出発する。善き人である国境の魔女を、訪ねてゆくつもりである。

絵と文 モノ・ホーミー/二〇一九年二月八日)