貝がら千話

モノ・ホーミーの貝がら千話

第21夜「風景のなかの人々」

貝がら千話 第21夜「風景のなかの人々」 (二〇一九年二月二六日)

貝がら千話 第21夜「風景のなかの人々」 (二〇一九年二月二六日)

「そこで何をしていらっしゃるのですか。」
「わたしですか。」
「ええ、あなたです。どうもこんにちは。」
「どうも。いや、何というわけではないのですが。」
「そうですか、ずうっと、そちらに座っていらっしゃるから。」
「はあ、まあ、たしかに座っておりましたけれど、あなたはどうしてわたしがここにずうっと、座っていたことをご存知なんです。」
「わたくしもずうっと、あなたを見ていたんですの。」
「そうですか、それは気が付かなかった。一体どこからご覧になっていたんです。何もおもしろいことなどないでしょうに。」
「ええ、何も。それだから何をしていらっしゃるのかと気になって、こうしてお尋ねしているというわけなんです。」
「もしかして、わたしのことが邪魔でしたか。何の用事もないのにこんなところでぼうっとして、邪魔になっていたのなら申し訳なかった。ですが、他に行くところもなくてつい、こうしてしまっていたのです。」
「いえ、そんなことはないんですよ。お気になさらないで下さい。わたくしも何もすることがなかったのです。それでそこの木のあたりから、ぼうっと立って、こちらの方を眺めていたんです。はじめはね、あなたがいらっしゃることにも気が付きませんでした。
 ごめんなさいね、悪気はないんです。でも、わたくしもぼうっとしておりましたし、あなたもちっとも動かないでずうっと、ただ座っておられたから、何というか…。」
「風景と同化して見えていたということですね。」
「ええ、そうなんです。本当にごめんなさい。」
「何も謝ることなんてないですよ。わたしなんて話しかけられるまで、あなたの存在にちっとも気がつかなかった。」
「だけどわたくし、あなたに気がついてからも、あなたがただただじいっと座っているから、本当に人間なのかしら、生きているのかしらと思って、動くまで待ってみようと長い間、黙って見ていたんです。失礼なことをしてしまいました。」
「そんなことはいいんです。こうして話しかけて下さって、感謝しています。せっかく話しかけてくださったのに、たいした話題もなくて恐縮です。まったく、気が利かないもので…。」
「それを言うのならわたくしもです。もしかしてあなたがなにかしていらっしゃるのかしらなんて期待するばかりで、自分だって何もないのに。」
「はは、お互い様ということですね。」
「ええ、でもわたくしあなたとお話しているうちに気がついたことがあるんです。」
「何でしょう、仰って下さい。」
「あそこ、見て下さい。人影が見えませんか。」
「本当だ、誰かいるようだ。」
「もしかしたら、あの方には何かあるかもしれませんわ。」
「確かに、あんなところで一体何をしているんだろう。もしよかったら、これからふたりであの方のお話を伺いに行きませんか。」
「いいですね、そうしましょう。ぜひお話を伺ってみたいわ。」

 それからふたりは並んでなだらかな丘をくだり、少し離れた木立の人影へ向かって歩き出した。

 

(絵と文 モノ・ホーミー/二〇一九年二月二六日)