貝がら千話

モノ・ホーミーの貝がら千話

第61夜「花と石」

f:id:kaigarasenwa:20210510232857j:plain

第61夜「花と石」(二〇一九年四月七日)

 人の話を聞いて綺麗な石を作ることができる少年がいた。話す人の手を片方の手で握りながらその人の話を聞くと、話が終わったとき、少年のもう片方の手には綺麗な石がひとつ握られていた。この石を握るとそのときの話をありありと再現することができる。
 誰しも忘れたくないことはあるものだ。少年はいろいろな人の話を聞いてたくさんの綺麗な石を作った。家族や恋人との思い出や、発明家の天才的なひらめき、重要な商談、政治家の密約など内容は多岐に渡った。世界各地の様々な人が少年に話を聞いてほしいと請い、少年も求めに応じてあちこち訪れた。
 そのうちひとりですべての要請に一つ一つ答えることが難しくなり、少年の予定を管理し決定するマネージャーや、プロデューサー、その活動を支援する者など、少年を取り巻く環境は次第に大規模なものになっていった。関わる人が増えても、相変わらず少年にできることは人の話を聞いて綺麗な石を作ることだけである。少年は石を作ることに専念できるようになり、以前に増して熱心に話を聞き、精力的に綺麗な石を作り続けた。
 あるとき少年はひとりの少女に恋をした。少女は花売りの娘だった。少女も少年を気に入り、少年の忙しいスケジュールの合間を縫ってたびたび会うようになった。少年があまりに多忙なので、一緒に過ごせる時間はいつも僅かだったけれど、少女といろいろな話をする時間を、少年はとても大切に思っていた。少女は少年に会うとき、いつも一輪の花をプレゼントした。少年はそれを喜んで受け取り、部屋に飾った。しかし少年はいつも世界中を飛び回り、家に帰れない日も多かった。何日かして家に戻ると美しかった花はすっかり枯れてしまっていた、なんてことはしょっちゅうだった。
 少年は少女のことをいつでも思い出せるように、少女と過ごす時間を石にして残したいと思った。花は美しいけれど持ち歩くことは難しいし、あっという間に枯れてしまう。それではあまりに悲しい。もし石をプレゼントしたら少女もきっと喜ぶだろう。
 しかし少女は少年の申し出を受け入れなかった。綺麗な石はいらないから、これまで通りふたりでいろいろな話をしましょう、と言った。少年は驚き、なぜだめなのか、と食い下がった。少年は少女の記憶といつでも共にありたいと主張し、少女はふたりが会いたいと願っていれば必ず会えるのだからそんなものは必要ないと主張した。
「わたしがあなたに花を渡すのはあなたとまた会いたいと思うからです。あなたが部屋に戻れない日が多く、花を見る時間もほとんどないことはわかっています。それでも、遠く離れた世界のどこかから部屋でひっそりと咲く花を思い出すとき、きっとまたあの部屋に帰ろうと思うであろうこと、そしてまたわたしに会いに来てくれるだろうと、そう思っているのです。」

(絵と文 モノ・ホーミー/二〇一九年四月七日)